ふんぞり返って指図を出す監督。そんな姿を、企業の管理職に重ねてはいないでしょうか。
戦略を練り、正解を出し続けるのが上司の役割だと、私たちは思い込みすぎているのかもしれません。
その前提は、今の時代にまだ通用するのでしょうか。
「ふんぞり返る監督」のイメージは、どこから来たのか?
弊社の公式Podcastでは、前回に続き「組織は野球OSに依存しているのではないか」という発見をテーマに対話を重ねてきました。
今回のキーワードは「ベンチでふんぞり返らず、ピッチのど真ん中で汗をかく」です。
まず前置きとして、代表の筒井は野球そのものを否定したいわけではないと繰り返し強調します。
私は野球が大好きですし、野球というスポーツを否定したいわけではないんです。ただ、野球というスポーツから何となく想起されるイメージを、思い浮かべながら聞いていただければと思います。
そのイメージの代表格が、ベンチにどっしり座って指図を出す監督の姿です。
実際のプロ野球ではそうした監督はほとんど見かけなくなり、むしろずっと立ってベンチの外に出ている姿も珍しくありません。
それでも、私たちの頭の中に残っている監督像は、どこか偉そうにふんぞり返っている。
筒井は、その残像に注目します。
野球漫画などの影響もあるのかもしれませんが、監督は偉い人で、ベンチに座って顎で指図を出すようなイメージが残っている気がするんですね。
「管理職は正解を出し続ける人」という前提に、無理はないか?
ここで筒井が問いかけるのは、その監督像がそのまま企業の管理職に重なっていないか、ということです。
ふんぞり返るとまではいかなくても、戦略を練るのは監督であって、正解を出し続けるのも監督である。
そういう構図が、企業の管理職にもそのまま当てはまっている気がするんです。
上司は正解を出すに違いない、出すものだ──。
そう思い込んでいるからこそ、自分の思惑と違う指示が来たときに「なんだよ」という不満が生まれる。
筒井はその心理を、野球ファンが試合後にこぼす愚痴になぞらえます。
「あの監督、なんであそこで選手を変えるんだよ」という、あの感覚です。
ここで指摘するのは、そもそも「正解を出し続ける」という役割設定そのものに無理が生じているのではないか、という点です。
今の時代、正解を出し続けると言っても、そもそも正解とは何なのかという話でもあるんですよね。
正解を出すのがあなたの役割だ、ということ自体に無理が生じているのかなと思います。
「蚊帳の外」から指示を出して、今の時代に勝てるのか?
正解が誰かから与えられるものだと信じている限り、現場のメンバーはどこか「蚊帳の外」に置かれた気持ちになります。
自分は参加していないのに、指示だけが降ってくる。この構図は、監督の采配を眺めるだけの観客とよく似ています。
だからこそ筒井は、ベンチの中だけに留まる管理職のあり方に疑問を投げかけます。
ベンチの中に座っていて、現場にはあまり降りずに俯瞰して見る。
今こうなっているからこっちだ、誰々はこうしなさいと指図を出す。
そのやり方で今の時代に勝てるかというと、多分勝てないんだろうなという気がしています。
俯瞰することそのものが悪いわけではありません。問題は、俯瞰だけで完結し、現場に降りてこないことにあります。
ここで筒井が提示するのは、時には管理職自身がピッチに出ていくべきだ、という発想の転換です。
管理職の視点は、実は「ボランチ」なのではないか?
その転換を象徴する言葉として、筒井が持ち出すのがサッカーの「ボランチ」です。
きっかけは、プロジェクトマネージャーとしての自分の動き方が、ボランチに近いのではないかと気づいたことでした。
自分自身のプロジェクトマネージャーとしての動きが、すごくボランチに近いんじゃないかと思ったことがあって。
サッカーにとても詳しい人に、ボランチとは何かをかなり突っ込んで聞いてみたんです。
有名なボランチの選手は誰か、参考になる本はないか。
筒井は一時期、そうやって答え合わせをするように模索したと振り返ります。
そして調べるほどに、やはり自分の動きはボランチだと確信していったといいます。
ボランチの人が何をしているかというと、常に状況を把握するために首を振っているんですね。
味方も相手も含めて全体を俯瞰したうえで、今こういうポジショニングだから、ゴールを決めるにはどのルートで行くのが最善か、というのをずっと見ている。
味方と相手の位置をどちらも捉え、状況からゴールへの最善ルートを探り続ける。
編集部として注目したいのは、この動きがそのままプロジェクトマネージャーの仕事に通じる、という点です。
俯瞰する視点を持ちながらも、ボランチはピッチの中で走っている。
ベンチの外にいる監督とは、立っている場所が根本から違うのです。
ベンチから降りて、「現場の手触り感」を取り戻せるか?
では、ピッチに出ることは指示を出すためなのでしょうか?
筒井はそうではないと明確に線を引きます。
ベンチの中だけだと、やっぱり見えないことがたくさんあると思うんですね。
出ていって、首を振りながら状況をしっかり確認しないと、現場の手触り感がわからなくなるんだと思うんです。
大切なのは、ピッチのど真ん中にいることそのものではなく、そこで何をするかです。
筒井は、真ん中に立ったからといって指示を飛ばすのではない、と念を押します。
ピッチのど真ん中にいるからといって、そこで指示を出せという話ではないんです。そこで状況を確認して、今こうなっているからこの方がいいのかなと、自分自身も考える。
理論上こうだから正しい、ということではなくて。
戦略や理論から導いた正解を上から当てはめるのではなく、今この状況で何が最善かをチームで試行錯誤していく。
弊社では、その試行錯誤を率先して担うことこそが、これからの管理職の役割だと考えています。
今この状況下で、どうするのが最善なのか。その試行錯誤をチームでやっていく。それを率先してやっていくことが、結構大事だったりするのかなと思いますね。
なぜ、「どれくらいの嵐か」を自分で確かめる必要があるのか?
前回の対話では、「先が見えづらい時代だからこそ」という論点が繰り返し登場しました。
先の見えない現場とは、いわば嵐の渦中です。
これはどれくらいの嵐なのか。何も見えないのか、竜巻なのか。
それを確かめる作業は、ベンチでふんぞり返ったままでは決してできません。
ここで対比させるのが、これまでの管理者像です。
これまでの監督や管理者のイメージは、誰かに傘を差してもらっている感じですよね。うやうやしく傘を差してもらって、ご降覧ください、というような。
濡れずに済む場所から現場を眺める姿と、自ら嵐に飛び込んで風の強さを肌で確かめる姿。
両者の違いは、そのまま組織の勝敗を分けていくのかもしれません。
野球OS依存からの脱却という発見は、管理職一人ひとりの立ち位置を問い直すところへとつながっていきます。ベンチでふんぞり返るのではなく、ピッチのど真ん中で汗をかく。
その一歩を、あなたの組織はもう踏み出せているでしょうか。
記事について
株式会社dazzlyの公式Podcast「ベンチでふんぞり返らず、ピッチのど真ん中で汗をかく」での対話内容をもとに、DX推進や組織マネジメントを考える皆さまに向けて再構成したものです。
ITツールの活用やDX推進に関する課題やお悩みがあれば、お気軽に弊社までご相談ください。
Podcast:
Spotify:
出演:筒井千晶(株式会社dazzly 代表)
インタビュアー:土井里美
編集・構成:dazzly編集部

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