「サイン通り」では、もう勝てない。走りながら最善解を見つける組織へ

上司の指示は、いつも正しいのでしょうか。変化が激しく、正解のない時代に、「言われた通りに」を貫くことは、はたして強さにつながるのでしょうか。野球の「サイン」を手がかりに、これからの組織のあり方を考えてみませんか。

目次

「監督のサインは絶対」その常識は、なぜ生まれたのか

dazzly代表の筒井は、野球が大好きだと公言しています。
今回のテーマは組織の「野球OSからの脱却」ですが、それは決して野球そのものを否定するものではありません。
むしろ野球というスポーツの奥深さを知っているからこそ、その仕組みをビジネスの視点で見つめ直しています。

6〜7年前には、草野球チームの監督も経験しました。そのチームには、なぜか野球エリートの経歴を持つ人たちが集まっていたそうです。
強豪チームで戦ってきた彼らから聞いた話は、外側からしか野球を見てこなかった筒井にとって、驚きの連続でした。

サインをすごく出すチームは、本当に一球ごとに出すそうなんです。
そして、もし選手が「監督はこういうサインを出しているけれど、自分はこう思うからこうしよう」なんてことをやったら、もう本当にやばい、と。
監督のサインは絶対だという表現をしていました。

なぜ、そこまでサインが絶対なのか。
その背景にあるのは、監督が描いた戦略やゲームイメージです。
全体像を握る一人が采配を振るい、選手はそれに従う。だからこそ勝てる。そういうスポーツの側面があるのは確かです。
サインを出すという行為が、ゲームに与える影響は極めて大きいのです。

「言われた通りに」なぜ異論を唱えられない空気ができるのか

ところが、この「サイン通り」「指示絶対」という構図は、野球の世界だけの話ではありません。企業の中でも、同じことが起きがちです。

指示を出す側もそうですし、出された側も意外と、反論すら、異論すら唱えないことがありますよね。
「そこはちょっと違うんじゃないですか」とか、「今の現状はこうですから、もしかしたらこうした方がいいかもしれません」とか、言わなかったりする。

かつての職場を振り返っての言葉です。しかも、その「言ってはいけない空気」の正体は、いまだにうまく掴みきれていないと言います。
言われたんだから、その通りに。そこには変な圧のようなものがありました。けれど、もしその指示が間違っていたらどうするのか。

指示を絶対とする空気の裏側には、目に見えない圧力があります。従うことが前提とされ、疑問を差し挟む余地が奪われていく。その危うさに、静かに目が向けられます。

「目的は何ですか」問い返す人は、本当にめんどくさいのか

筒井は自身について、「全然言うことを聞けない人だった」と笑います。
何かを頼まれると、必ずと言っていいほど、ある問いを返していたそうです。

「これって何のために必要なんですか」「目的は何ですか」というのを、かなり聞いていたタイプだったと思います。
腹落ちするまで聞くので、先輩はさぞかしめんどくさかっただろうな、と。

目的が腹落ちしないと動けない。この感覚は、決してわがままではありません。むしろ、そこにこそ主体的に働く人の本質があります。

目的がわからなければ、本当にこの方向でいいのか、このやり方でいいのかと不安になります。
逆に理解できていれば、「だとしたら、こういうやり方もありますよ」と提案ができる。
応用を利かせられるし、イレギュラーが起こったときにも対応しやすい。
つまり、問い返す行為は「反抗」ではなく「貢献」なのです。

目的を理解した人だけが、状況に応じて最善手を組み立て直せます。
もし問い返す人を単なる面倒な存在として扱ってきたのだとすれば、組織はその応用力や提案を、はじめから期待していなかったのかもしれません。

「正解は天から降ってくる」その前提は、もう崩れていないか

なぜ今、この問い直しが必要なのでしょうか。理由は、時代の変化にあります。

変化の激しい時代には、必ずしも正解を出せる人がいるわけではありません。そもそも正解があるとも限らない。やってみなければわからないことが、たくさんあります。

正解を一人が握り、サインとして配る。そのモデルが機能したのは、答えが定まっていた時代の話です。今はその前提そのものが揺らいでいます。だからこそ弊社では、リーダーやマネージャーの役割を、サッカーの「ボランチ」になぞらえて考えます。

リーダー自らが試行錯誤している。自分もわからない、正解はわからない、だって状況が変わっているじゃないか、と。
それでも最善を見つけ出すために一生懸命動く、一生懸命考える。そういう姿を見せることが大事なのかなと思います。

正解が天から降ってくるのを待つのではなく、自分の頭で考える。そして、その姿勢がメンバーにも伝播していく。リーダーが「答えを持つ人」から「共に探す人」へと変わることの意味は、そこにあります。

「指示待ちだ」と嘆く前に。環境をつくっているのは誰か?

「うちの若手は指示待ちで困る」。そんな声はよく聞かれます。しかし筒井は、その嘆きに対して静かに矛先を反転させます。

指示待ちとよく言いますけれど、指示待ちにならざるを得ない環境を、自分たちがつくり出している。そういう可能性はないかな、と思うんです。

「俺の指示を聞けないのか」と言いながら、一方で「お前たちは何も考えていないな」と嘆く。指示への服従を求めながら、自主性の欠如を責める。この二つは、明らかに矛盾しています。

以前は指示絶対が当たり前だったので、それに浸りきっていたのかもしれません。けれど、変わる時期はとっくに来ています。主体性を大事に、とあちこちで言われているのに、「指示に従え」一辺倒では、さすがに立ち行きません。

もっとも、指示そのものが否定されているわけではありません。指示を出さなければならない局面も、指示が必要なメンバーや場面も、確かに存在します。組織である以上、それは当然のことです。問題なのは、指示だけになり、完全に受け身な状態をつくり出してしまうことなのです。

「サイン通り」を超えて 走りながら解を見つける組織へ

では、これからのリーダーは、どう振る舞えばよいのでしょうか。示されたのは、力を抜いた新しいリーダー像です。

自分ばかりがサインを出さなければ、と思うのもしんどいですよね。
だからリーダーにも、フォロワーシップのようなものがあるといい。
リーダーはリーダーなのだけれど、時にはフォロワーになってもいいよ、と。
もう少し柔らかくていいんです。

すべてを一人で背負い、采配を出し続ける。それは監督経験者だからこそ、無理があると断言できることでした。

こんなに状況がどんどん変わっていく中で、サインを出し続けるなんて、いやいや、という感じですよ。それよりも、みんなで知恵を集めた方がいい。手を携えて、知恵を出して、みんなで走り回りましょう。

サイン通りに動くのではなく、走りながら最善解を見つけていく。答えを配る一人ではなく、答えを共に探す集団へ。「サイン通りを超えていきましょう」——変化の激しい時代を勝ち抜く組織の姿は、その一言に託されました。

あなたのチームは、まだ誰かのサインを待っていませんか。それとも、もう走り出しているでしょうか。

【お知らせ】HR SUMMIT 2026 ONLINE に登壇します

9月8日、dazzly代表の筒井が HR SUMMIT 2026 ONLINE に登壇します。まさにこの「ボランチ的思考」を、難航したプロジェクトの現場で実際に起きたことを含めてお話しする予定です。

タイトル:「正解なき時代に、組織を自走させるリーダーの育て方」 〜難航するプロジェクト現場が教えてくれた『ボランチ的思考』と3つの実践〜

日時:2026年9月8日(火)10:30〜11:10

▶︎ お申し込みはこちらから


記事について

株式会社dazzlyの公式Podcast「『サイン通り』を超え、走りながら解を見つける」での対話内容をもとに、DX推進や組織マネジメントを考える皆さまに向けて再構成したものです。

ITツールの活用やDX推進に関する課題やお悩みがあれば、お気軽に弊社までご相談ください。

▶︎ 株式会社dazzly ホームページ

Podcast: 

Apple Podcasts
173.「サイン通り」を超え、走りながら解を見つける Podcast Episode · DX時代の勝ちに行く組織マネジメント · May 19 · 12m

Spotify: 

出演:筒井千晶(株式会社dazzly 代表)
インタビュアー:土井里美
編集・構成:dazzly編集部

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