うまくいかないとき、いちばん厳しく責めてしまう相手は自分自身ではありませんか?
その自己否定は、本当にあなたを前に進めているでしょうか。自分への苛立ちとの向き合い方を考えます。
自分に向ける怒りは、毒性が強い
怒りの矛先は、いつも外側に向くとは限りません。周囲だけでなく、自分に対して怒ることも少なくないはずです。
そしてこの「自分への怒り」は、他人への怒りよりも毒性が強いと言えます。
自分に向ける怒りは、形を変えた自己否定にほかならないからです。
dazzly代表の筒井は、そのサイクルの怖さをこう語ります。
自己否定のサイクルに入ってしまうと、自己否定をし続けるみたいな感じになるんです。そうすると、普段の自分だったら余裕で乗り越えられるようなハードルも超えられなくなったりして。
普段なら越えられるはずのものが、越えられなくなる。
自己否定は、それだけ人を萎縮させます。しかも厄介なのは、その先に待っている展開でした。
自己否定の末に、今度は「自己正当化」が始まります。周りが悪い、と思ってしまう。自分を責める気持ちが、いつのまにか他責へ反転する。
自分を守ろう守ろうとして、殻に閉じこもってしまう。
誰しもがはまり込む可能性のある構図です。
「何の役にも立てていない」
筒井自身にも、強くくさくさしていた時期がありました。
きっかけは、前任者が退職することになり、そのプロジェクトを引き継いだことでした。
本当はできることもすごく少なかったですし、仕事に対して取り組む姿勢もまだまだだったところもあるんです。それでも、前任者の方が築いていた信頼関係を見ていたので、私には無理だ、そんなの自分にはできない、となってしまいました。
比較の相手は、いつも自分より大きく見えます。
そして、「どうせ役に立てるわけがない」という結論に着地してしまう。当時は「仕事に行きたくない、会社に行きたくない、休みたい」という状態で、完全に逃げていたと振り返ります。
周囲の期待に応えられない。何の役にも立てていない気がする。
そこから生まれるのは、行き場のない苛立ちともどかしさでした。
役割がズレると、やり方まで揺らぐ
もう一つ、別のパターンもあります。
プロジェクトで想定されていた役割と、実際に求められることがかみ合わない。
ある程度のズレはよくあることですが、その幅があまりに大きかったときです。
あまりにもアンマッチで、自分自身の立ち回りがよくわからなくなる。
これまではこういうやり方でこういう役割をやってきたけれど、ここでは違うのか、と。
ここで揺らぐのは、成果ではなく自分のやり方そのものでした。
そして「いろんなことを間違えていないか」とまで思うようになります。
道を失って、自分が今どこにいるのかもわからない。心細い。それでもやらなければいけない。だからまた「逃げたい」に戻ってしまいます。
自分への期待を自分で裏切るみたいなことになるんです。
これは私のせいなんだっけ、とやはり思ってしまうし、でも、それを乗り越えられる自分でありたいとも思う。
責める気持ちと、諦めたくない気持ち。
この葛藤そのものが、自分への苛立ちの正体だと言えそうです。
他人のせいを、いったん言い尽くす
では、そこからどう抜け出すのか。その手順は、意外にも「他責を封じない」ところから始まります。
そういう時も、他人のせいというのを、いっぱい自分の中で言ってみるんです。
「誰々が悪い、何々が悪い、あの時こう言ったからだ」みたいに、愚痴のような感じでわーっと言うんです。
とりあえず出し尽くすことに意味があります。出し切った後にようやく、別の問いが自分の中に出てくるからです。
出し尽くして、「結局自分はどうしたいんだ?」という形で考えるんです。
そうすると、今の自分のままは嫌だな、とやはり思うんですよね。
自己否定にとどまり続けると、いちばんしんどいのは自分自身です。
だからこそ、これまでの自分を壊し、少しでも前に進めるようにするにはどうしたらいいかを、半ば無理やりにでも考えるようにしていると言います。
否定ではなく、違う畑に来ただけ
とはいえ、それまでうまくいっていたやり方が通用しなくなる瞬間は、単純に悲しいものです。
過去の自分を否定されたような気持ちにもなりますし、しかもそれを自分で否定しなければいけません。
ここで、見方を一つ変えてみます。
うまくいっていた頃の実績は、失われてなどいません。
そのやり方は確かに成功のセオリーでした。ただ、違う畑に来ただけ。それだけの話です。
あの文脈の中では機能しました。この文脈の中では機能しません。じゃあどうしますか、と言われたら、結構すんなり考えられると思うんです。
じゃあ今この文脈ってどういう文脈なんだっけ、と冷静に思考が回り始める。
自分を否定するのではなく、場所が変わったと捉え直す。
同じ事実でも、扱いがまるで変わります。
たとえるなら、夏のビーチに来てスキーをしようとしているようなものです。
板は上等で、滑る腕もある。それでも進みません。
周りから見れば「ここは海ですよ」と言いたくなる場面なのに、当人だけは、うまく滑れない理由を自分の能力に求めてしまいます。足りないのは技術ではなく、雪です。
「気づける自分であるはずだ」
不思議なのは、周囲には明白なのに、当人だけが気づけないことです。その原因も、やはり感情にありました。イライラや焦り、不安といったものは、目を曇らせてしまいます。
すごく近いところを見ている、あるいは過去を見ている。だから、足元が砂浜であることに気づけません。
けれど本来なら、自分でも気づけるはずです。
そこに気づける自分であるはずだ、というところに、ちょっと自信を持つ。それが大事かもしれないですね。
「自分はダメだ」と裁くのでもなく、「周りが悪い」と反転するのでもない。気づける自分であるはずだと信じる。
それだけで、視点がひとつ上に上がります。
言葉一つで変わるところがある。常にそう思える自分でありたい。そう願うこと自体が、出発点になります。
弊社では、この「願望」を軽く見ていません。願望こそが、向かう先を決めるからです。
自分への苛立ちは、消さなくてかまいません。出し切って、責める対象を「自分」から「文脈」に置き換える。
そのうえで、気づける自分だと信じてみる。
うまく滑れないとき、足りないのは本当にあなたの腕でしょうか?
【お知らせ】HR SUMMIT 2026 ONLINE の講演をアーカイブでご覧いただけます
dazzly代表の筒井が HR SUMMIT 2026 ONLINE に登壇しました。
難航するプロジェクトの現場で実際に起きたことをもとに、組織が自走するためのリーダーの関わり方についてお話ししています。
タイトル:「正解なき時代に、組織を自走させるリーダーの育て方」
〜難航するプロジェクト現場が教えてくれた『ボランチ的思考』と3つの実践〜
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記事について
株式会社dazzlyの公式Podcast「自分へのイラ立ちを味方にするには?」での対話内容をもとに、DX推進や組織マネジメントを考える皆さまに向けて再構成したものです。
ITツールの活用やDX推進に関する課題やお悩みがあれば、お気軽に弊社までご相談ください。
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出演:筒井千晶(株式会社dazzly 代表)
インタビュアー:土井里美
編集・構成:dazzly編集部

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