部下の成長支援を求められているのに、新しい施策に踏み出せない。
「こうしたら、こういう問題が起きるのでは」と先回りして止めてしまう。 その不安は本当に部下のためのものでしょうか。それとも、自分の正しさを証明したいだけではないでしょうか。
不安を「正論」に変換していないか
部下の育成や成長支援について、何か手を打とうとするたびに「こうなるのではないか」「うまくいかないのではないか」と懸念が浮かぶ。それ自体は自然なことです。しかし、dazzly代表の筒井はその懸念の裏側にあるものを鋭く指摘します。
客観的に見ていると、結局それは「自分は正しい」「自分は先を読めている」というのを証明したいだけなのかなと思ってしまう時があります。
仮説を立てることは大切です。しかし、どんな仮説に対しても毎回同じような否定的な見通しが出てきます。
しかもそれがあまり深く練られていない。
そうした状態は、仮説検証ではなく、自分の正しさの証明になっている可能性があると筒井は語ります。
「さも正論かのように」言われると、周りは何も言えない
この問題がやっかいなのは、周囲への影響が大きいことです。
さも正論かのように堂々と言われると、周りは何も言えなくなるんですよね。
「そう言われたらそうですね」となってしまう。
「こうなるに違いない」という予測が、あたかも確定した未来であるかのように語られると、チーム全体が動けなくなります。本来検証すべき仮説が、一つの意見によって封じ込められてしまうのです。
不安が現実を引き寄せてしまう
不安を抱えたまま施策を実行すると、無意識のうちにその不安を裏付ける方向へ行動してしまうことがあります。
不安だ、不安だと思っていると、不安が本当に現実化するような方向に、自分で自分を連れていってしまうところがある。成長支援のはずが、成長を止める支援になってしまう。
そして結果的にうまくいかなかったとき、「ほらね、やっぱり」と自分の予測を追認してしまう。筒井はこの構造を、自分で自分を証明してしまう悪循環だと表現します。
不安なら、不安のまま出せばいい
では、不安を抱えるマネージャーはどうすればいいのか。筒井の答えはシンプルです。
不安だったら不安のまま出せばいいんです。
不安を違う形にしてしまうから、よく分からない影響を及ぼしてしまう。
不安を「正論」に変換するのではなく、「正直なところ不安がある」とそのまま表明する。それは弱さではなく、自己認知の表れです。不安の正体が見えれば、それに対する具体的な対策を考えることもできます。
仮説は止めるためではなく、回すためにある
筒井は、仮説検証の本来の目的を改めて問いかけます。
うまくいくためにどうするか、成果につなげるためにどうするか。
そのための仮説検証のはずです。どんどん回していけばいいのに、検証すらできずに止めてしまって、結局現在地からあまり変わっていないという状態はもったいない。
不安を理由にすべてを止めるのではなく、小さくてもいいから仮説を立てて、検証して、学ぶ。その積み重ねが、マネージャー自身の成長にもつながるのではないでしょうか。
記事について
株式会社dazzlyの公式Podcast「マネージャーの不安が、部下の成長を止めてはいないか?」での対話内容をもとに、DX推進や組織マネジメントを考える皆さまに向けて再構成したものです。
ITツールの活用やDX推進に関する課題やお悩みがあれば、お気軽に弊社までご相談ください。
Podcast:
Spotify:
出演:筒井千晶(株式会社dazzly 代表)
インタビュアー:土井
編集・構成:dazzly編集部

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